メモ

人と話をしていて自分が絶対に正解だと信じて他の意見に耳を貸さないのは愚かだけれど、それが愚かだということを曲解して、あるいはそれに変に囚われて、自分の正しいと思う主張を曲げたり、緩めたりするのは違うと思う。

正しいと思っていたことが、議論の末に必ずしも正しいとは言えなくなったり、他の意見に触れてそれもアリだと思えたりするのなら良い。折衷案を見つけ昇華させるのもまた良い。

ただ、先入観を持たず色んな話を聞いてみたとき、やはり自分の考えが最もそうだというのなら曲げずにいるべきだ。

相手が可哀想だからとか、余計なあれこれのせいでハッキリとした意見交換ができないような場所ではそもそも議論をしようとする意義がない。

議論をするからには、正しいと思うことがある者同士、"まずは"ハッキリと意見を伝える努力が必要である。

それは敵対する人たち、反対意見の衝突という単純な直線の軸の上の話だけでなく、多種多様な利害を調整しようとするときなども同様だ。

 

私は、こうやって議論が起こるとき、そこに参加するみんなが結局は それ がうまくいくことを願っている、そんな集団の一員になりたいと思っている。

 

今日は--。

情熱もないのに熱が出てくるとその摩擦で訳わかんなくて腹が立つんだな。